火炎瓶で簡単に燃え上がった

あまりに遠く、さらに「粛清」によって赤軍は弱体化していたため(将校の1/4~1/3が殺されました)、中国共産党に国民党と協力して対日戦線を組むことを指令します。
 37年には黒竜江(アムール川)で日ソの武力紛争が起きます。川の中州の領有権を巡っての衝突でした。翌年は朝鮮とソ連の国境で張鼓峰事件(ハサン湖の会戦)。こちらも双方が主張する「国境線」の違いからの武力衝突です。朝鮮第十九師団は大きな損害を受け、中国での武漢作戦も戦力の集中運用ができなくなって決定的な遅滞を招きます。著者は、日本陸軍(特に関東軍)のプライドが傷ついたことも大きかったと見ています。
 そして「ノモンハン事件(ソ連・モンゴルでは「ハルハ河の会戦」)」。ここでも「(満州国とモンゴルの)国境線」に対する双方の主張の食い違いが「原因」となっています。宣戦布告こそありませんでしたが、4ヶ月に渡る戦いで3~4万人の死傷者が出た「戦争」でした。
 1939年5月にまず小規模な小競り合いが起きます。そして事態はどんどん拡大していきました。関東軍からは第二三師団が派遣されました。地形は戦車戦向けの平地。しかし師団には対戦車兵器がほとんどありませんでした。ポーランドの危機を西に抱えたソ連は、ノモンハンまでは兵站線が長すぎるし空軍のパイロットの練度が低いという弱点を持っていました。
 ソ連はジューコフを司令官とした第一軍集団を援軍として送り込みます。6月にモンゴル内のソ連空軍基地に関東軍は空襲をかけますが、これは紛争拡大を嫌う参謀本部といけいけどんどんの関東軍との間の「対立」感情を高めました。そして7月。日本が主張する国境線のハルハ河を関東軍が渡河、日本の歩兵および砲兵隊とソ連の戦車隊との戦いが始まります。ここで対戦車兵器として意外な武器が登場します。日本側が使ったのは火炎瓶。ソ連戦車はガソリンエンジンで防御が甘く火炎瓶で簡単に燃え上がったのです。ソ連が使ったのは日本製のピアノ線。コイル状に巻いて地面に設置されているところを日本戦車や装甲車が通過するとピアノ線が車輪やギアに巻き付いて動きを止めたのです。

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